米国でアデュカヌマブ承認!

米国食品医薬品局がアデュカヌマブの製造販売を条件付きで承認した、という報道がありました。

これまでアルツハイマー型認知症に対して保険診療で認められていたのは症状改善薬と呼ばれるものだけでした。これらの薬は”症状の”進行を遅らせる効能は確認されているものの、脳の萎縮などの病気の進行を止めることはできません。

そこで”根治療法”とも言える病気そのものの進行を抑える薬(疾患修飾薬と呼ばれています)の研究・開発が行われてきましたが、いくつもの候補薬が効果を実証できず実用化には至りませんでした。アデュカヌマブの承認過程でも効果判定にデータが不十分として承認が延期されてきた経緯がありますが、今回の米国での承認によってようやくアルツハイマー型認知症の根治療法に光が差したことは朗報です!

ただし今後、患者さんに処方できるようになるまでにはいくつかの注意点・課題があります。

すでに認知症が進行した患者さんには効果が期待できない

これまでにも症状が進行した認知症患者さんを対象とした治験が数多く実施されてきましたが、有効性を実証できた疾患修飾薬はありませんでした。アデュカヌマブも軽度認知障害と呼ばれる認知症のごく初期~予備軍の状態の患者さんを対象とした研究で効果が確認されています。

対象疾患・薬剤投与の適応者の見極めが難しい

アルツハイマー型認知症は発症する20年以上前からアミロイドβと呼ばれる異常タンパク質が脳内にたまることで神経細胞にダメージを及ぼし、徐々に認知機能(脳のはたらき)が低下することが分かっています。(アミロイドβが脳にたまる病気(アルツハイマー病)によって認知機能が低下した状態をアルツハイマー型認知症と呼んでいます。)アルツハイマー型認知症は経過や問診検査に加え、頭部画像検査の所見を組み合わせて診断しますが、専門医がさまざまな結果からアルツハイマー型認知症と診断しても、死後剖検で脳内にアミロイドβなどのアルツハイマー病の兆候が見つからなかった患者さんが3割程度いることが報告されています。さらに軽度認知障害(アルツハイマー型認知症の予備軍)の段階では症状が軽いため老化現象と見分けることが難しく、画像検査で異常を検知できないこともあります。

アデュカヌマブはアミロイドβを除去しアルツハイマー病の悪化を防ぐことができる薬ですので、アルツハイマー型認知症以外の認知症には効果がありません。一般的な検査・診察ではアルツハイマー型認知症のようにみえるものの脳内にはアミロイドβが存在しないケースが紛れ込んでしまうという問題があるため、疾患修飾薬の研究ではアミロイドPETと呼ばれる画像検査を実施し、アルツハイマー病の兆候(アミロイドβの蓄積)があらわれている人だけに対象を絞り込んで薬を投与しています。 アミロイドPETは現在、保険診療では実施できません。自費で検査を受けることはできますが、検査薬が高額なため数十万円の検査費用がかかってしまいます。血液検査などでアミロイドβの蓄積を判定するなど、アミロイドPET以外の手法も提唱されているものの検査法は確立されていません。

薬が高額である

アデュカヌマブは毎月点滴をする薬剤で一人当たりの治療費が年間数百万円になるという報道もあります。認知症を発症すると医療費や介護費が増えるばかりでなく、ご家族が認知症の方をケアするために仕事ができなくなるといった間接的なコストが経済的に大きな損失になることも報告されているため、認知症の発症を防ぐことで得られる医療経済的なインパクトは大きいものの、適応症(対象者)を見極めるための検査も高額で、治療にも多額の医療費がかかるとなると仮に日本国内で承認されたとしても保険診療が適応されるのか否か今後の動向を注視する必要があります。



これまでの認知症診療は「認知症と診断されたら治らない(根治療法はない)」が当たり前でしたし、認知症予備軍の段階から医療が介入する必要性について懐疑的な医療従事者も少なくありませんでした。当院では軽度認知障害の時期から薬物療法のみならず、ご家族・支援者の関わり方を工夫し、状態に応じたライフスタイルにシフトさせるよう推奨してきましたが、疾患修飾薬の登場によって認知症診療が大きな転換期を迎えたことは間違いありません。

まずはこれまで以上に認知症の早期診断・早期介入の重要性が高まるものと期待しています。またアミロイドPETをはじめとした画像検査を適切に用いて認知症の原因を正確に診断することが一層重要になると思います。

ここまでまとめた通り、通常の診療でアデュカヌマブを使用するためにはいくつかのハードルがあるものの、専門医として認知症診療が新たな局面を迎えたことを大きな期待を持って受け止めています。

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